東京地方裁判所 平成6年(ワ)19466号 判決 1996年5月13日
原告
ワールドメイト
右代表者代表役員
拇村繁郎
右訴訟代理人弁護士
西垣内堅佑
同
李宇海
同
大口昭彦
被告
株式会社講談社
右代表者代表取締役
野間佐和子
被告
鈴木俊男
同
渡瀬昌彦
右被告ら訴訟代理人弁護士
河上和雄
同
的場徹
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用はすべて原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 被告らは、原告に対し、各自五〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成六年一〇月一五日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、被告らの費用により、朝日新聞・毎日新聞・読売新聞・産経新聞・日本経済新聞・東京新聞各全国版朝刊、日刊ゲンダイ・夕刊フジ全国版及び月刊ヴューズに、別紙記載の謝罪広告を別紙記載の条件で各一回掲載せよ。
第二 事実の概要
本件は、原告が、被告株式会社講談社(以下「被告会社」という)が同社発行の月刊誌「views」(ヴューズ、以下「本誌」という)において、東京国税局査察部が、東京地方検察庁(以下「東京地検」という)に対して宗教団体である原告を脱税容疑で告発した旨の虚偽の事実を摘示した記事(以下「本件記事」という)を掲載したことにより原告の名誉が毀損されたとして、被告会社、同社の取締役で右記事の発行者である被告鈴木俊男(以下「被告鈴木」という)及び本誌の編集者である被告渡瀬昌彦(以下「被告渡瀬」という)に対し、不法行為に基づく損害賠償に基づき慰謝料と、本誌及び全国各紙への謝罪広告の掲載をそれぞれ請求した事案である。
一 前提事実
1(一) 原告は、宗教法人設立準備中の宗教団体で、法人格なき社団と認められるところ、別紙「ワールドメイトと(株)コスモワールドの名称の変遷」(以下「別紙変遷一覧表」という)中のワールドメイト欄記載のとおり、名称を変遷させてきたものである(甲第二ないし一一号証、第一五号証の一ないし一三、第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証、第一九号証の一ないし四、第二〇ないし二四号証、証人小島宇平の証言)。
(二) 原告の関連会社として、神仏具製作及び販売等を目的とする訴外株式会社コスモワールドがあり、同社は、別紙変遷一覧表中の(株)コスモワールド欄記載のとおり、商号を変遷させてきたものである(甲第一一、第一八号証、証人小島宇平の証言)。
(三) 本件記事が掲載された平成六年九月当時の原告の名称は皇大神社であったが、通称名をパワフルコスモメイトと呼んでおり、他方、関連会社の社名は株式会社パワメイトであった。
しかしながら、本件記事が指摘する東京国税局査察部による査察が行われた平成五年一二月当時の原告の名称は、正式名を皇大神社、通称名をコスモメイトと称し、また関連会社の社名も株式会社コスモメイトであった(右(一)(二)に記載の各証拠)。
2(一) 被告会社は、出版等を目的とする株式会社であり、月刊誌である本誌を定期的に発行しているものであるところ、その発行する本誌の一九九四年一一月号のヴューズナビゲーション〔ニュースの羅針盤〕に、「東京地検秋の陣」と題して、別紙のとおりの本件記事を掲載し、頒布した(当事者間に争いがない)。
本件記事中には、「◎特捜部の二大ターゲット」の見出しのもとに、「特捜部が狙うターゲットはふたつ。ひとつは、“コスモメイト脱税事件”。コスモメイトとは、神道系の新興宗教団体で、(中略)東京国税局査察部(通称マル査)幹部によれば、『7月の段階で、検察庁に対して告発を行った』としているから、東京地検による強制捜査は秒読み段階に入った、と言えよう。」「それというのも宗教団体に対して国税のメスが入れられるのは、全く初めてのケースだったからだ。『それができたのも、我々検察の全面的な協力があったればこその話』(東京地検関係者)と言うくらいだから、地検サイドもヤル気満々で、事件化することは必至だろう。」等の記載がなされている(当事者間に争いがない)。
(二) 被告鈴木は被告会社の取締役で本誌の発行人であり、被告渡瀬は被告会社の従業員で本誌の編集人である(当事者間に争いがない)。
二 争点
(原告の主張)
1 本件記事の名誉毀損性の有無
全国的に大きな販売実績を有する本誌に、本件記事を掲載して頒布する行為は、一般読者に対し、宗教団体である原告が脱税行為をなし、東京国税局による東京地検への告発がなされ東京地検による強制捜査が近づいている旨誤信させるものであり、原告の社会的名誉を著しく低下させ、毀損するものである。
2 本件記事の違法性
本件記事が摘示する①宗教団体である原告が法人税法違反の嫌疑を掛けられた事実、②東京国税局が原告について東京地検に対して平成六年七月までに告発を行い東京地検による強制捜査が近づいているという事実は、いずれも真実ではない。
東京国税局は、原告の関連会社である株式会社コスモメイト(当時の名称。現在の商号は株式会社コスモワールド。以下、単に「株式会社コスモメイト」という。)に対して査察を行っただけであり、しかも同社についても東京地検に対して脱税容疑で告発したことはない。
また、本件記事以外に右国税局が告発を行った旨を摘示した記事は存在しないこと、被告らは本件記事の執筆に際して東京地検特捜部経済班の責任者や原告の広報部に右摘示事実が真実であるかどうかを問い合わせていないこと、原告が荻窪税務署から宗教法人の設立登記を経ていない宗教団体であっても法人税法七条により非課税扱いになるとの指導を受けていたという事実を被告らも知っており、そのため宗教団体である原告については脱税の犯意が認められず、脱税事件としての立件は困難であることを被告らも知り得たこと、したがって東京地検は強制捜査の準備というよりは本件脱税事件が告発相当事案であるかどうかを判断しようとしていたにすぎないというべきことからすれば、被告らにおいて、右摘示事実を真実と信じるにつき相当の理由があるとはいえない。
3 損害
被告鈴木及び被告渡瀬は、本誌の発行者及び編集者として、本件記事が原告の名誉を毀損しないよう注意する義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったものであり、共同して不法行為責任を負う。
また、被告会社は、被告渡瀬の使用者として右被告らと共同して不法行為責任を負う。
そして、原告が被告らの不法行為により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は五〇〇〇万円が相当であり、かつ本誌が全国的に大きな販売実績を有し、原告の被った名誉毀損の人的場所的範囲は全国に広がっていることに照らすと、原告の名誉回復のため、全国各紙及び本誌に謝罪広告を掲載する必要がある。
4 よって、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として五〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年一〇月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払と、不法行為に基づく名誉回復請求として被告らの費用によって本誌等に別紙記載のとおりの謝罪広告を別紙記載の条件で各一回掲載することをそれぞれ求めている。
(被告らの主張)
1 本件記事の名誉毀損性の有無
原告の主張は否認又は争う。
原告は、本件記事は、原告関連会社コスモメイトのみならず、原告までもが脱税事件の査察を受けたことを摘示するものであるから、原告の名誉を毀損するものであると主張する。しかし、本件記事が摘示する「コスモメイト脱税事件」とは、原告と実質的に同一であり若しくは全面的支配下にあって、共に名称を同じくする株式会社コスモメイトの脱税事件について報道したものであり、この事件は実質的には株式会社コスモメイトの営利行為と宗教団体である原告の活動の接点が問題になったものであり、東京国税局も両者が一体不可分であるとの認識のもと、原告の財産、集金活動にまで強制調査を行ったものであるから、かかる事実を摘示したことによって原告が査察を受けていないのに受けたとの摘示をしたことにはならず、本件記事が原告の名誉を毀損するものとはいえない。
また、原告は、本件記事は、東京国税局が東京地検に対して原告を告発した旨を摘示するものであるから、原告の名誉を毀損するものであると主張する。しかし、本件記事における主要な伝達事実は、右国税局が原告及び関連会社を一体とした「コスモメイト」を強制調査しているという事実に尽きるのであるから、本件記事の読者は脱税事件の強制調査を受けた事実のみをもって原告及び関連会社を一体とした「コスモメイト」に対する社会的評価を形成するものであって、右国税局が強制調査の延長として東京地検に対する告発を行ったか否かはもはや重要な意味を持つ事実ではなく、かかる事実を摘示したことによって、原告の名誉を毀損するものとはいえない。
2 本件記事の違法性
前記1のとおり、本件記事の摘示する主要な伝達事実は、宗教団体である原告及びその関連会社を一体とした「コスモメイト」の脱税事件について東京地検の強制捜査が近づいたという点に尽きるのであるから、かかる事実の真実性についてのみ検討すれば足りるところ、東京国税局は平成五年一二月に原告と関連会社が不可分一体であり、信者が原告に納めた約四〇億円が同会社の所得から控除されていたことについて法人税法違反容疑を固め、翌平成六年三月にかけて原告の教団施設など約八〇か所に対して強制調査を行い、かかる調査は東京地検との密接な連携のもとに行われ、東京地検も当初から国税局と歩調を合わせて右事案を脱税事件として捜査を進めてきたものであり、本件記事が掲載された平成六年九月には東京地検は右事件について強制捜査を行い立件する方針を固めていたのであるから、右事実は真実である。
仮に、原告主張のとおり、本件記事が原告関連会社である株式会社コスモメイトではなく原告が脱税事件の査察を受けたことを摘示するものであり、かかる事実が真実であることを立証する必要があるとしても、前記1のとおり東京国税局及び東京地検は右両者が不可分一体であるとの認識のもとで宗教団体である原告の財産や集金活動にまで強制調査及び強制捜査の準備を行ったのであるから、かかる事実は真実である。
また、仮に、原告主張のとおり、本件記事が東京国税局の東京地検に対する告発がなされたことを摘示するものであり、かかる事実が真実であることを立証する必要があるとしても、前記1のとおり右告発は国家機関相互の行為であってこの有無を確実に知ることはできず、関係者の情報等周辺事情から推知するほかはない。しかるに、検察庁の脱税事件の強制捜査は国税局の告発を前提とするものであるところ、東京地検は本件記事掲載当時には強制捜査の準備に具体的に着手していたものであるから、既に右告発を受けていたと認めうる状況にあったうえ、被告らは東京国税局査察部幹部の取材源から同旨の情報を得ていたのであるから、右事実が真実と認められないとしても、これを真実と信じるにつき相当な理由がある。
3 損害
原告の主張は否認又は争う。
第三 争点に対する判断
一 争点1(本件記事の名誉毀損性の有無)について
前記前提事実によれば、本件記事は、宗教団体である原告が法人税法違反の嫌疑を掛けられたこと、東京国税局が原告について東京地検に対して平成六年七月までに告発を行い、東京地検による強制捜査が近づいていることを摘示するものであるところ、これらの事実は「東京地検秋の陣」「◎特捜部の二大ターゲット」との見出しとも相まって、原告が、脱税行為を行い、かつ東京地検への告発が既になされ強制捜査及び刑事訴追が近づいているとの印象を与えるものであるから、原告の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものというべきである。
これに対し、被告らは、本件記事が摘示する「コスモメイト脱税事件」とは、原告と実質的に同一である株式会社コスモメイトの脱税事件について報道したものであり、東京国税局の捜査は宗教団体である原告の財産や集金活動にまで及んだものであるから、かかる事実の摘示によって原告に不当な社会的評価を加えたものとはいえない旨主張するが、法人格なき社団と認められる宗教団体である原告と営利法人である株式会社コスモメイトは人格を異にする組織団体であるから、被告らの右主張は採用できない。
また、被告らは、本件記事における主要な伝達事実は、右国税局が原告及び関連会社を一体とした「コスモメイト」を強制調査し強制捜査に着手しているという事実に尽きるのであるから、東京地検への告発の有無はさして重要な意味を持つ事実ではなく、かかる事実を摘示したことによって原告の名誉が毀損されたものとはいえない旨主張するが、査察が行われた脱税事件が起訴に至るまでには東京国税局による東京地検への告発が行われなければならないから、かかる告発の有無が些細な事実であるとまではいえず、被告らの右主張は採用できない。
二 争点2(本件記事の違法性)について
1 一般に雑誌等に記事を掲載する行為が他人の名誉を毀損する場合でも、それが公共の利害に関する事実にかかり、専ら公益を図る目的に出たものであり、摘示された事実が真実であると証明されたときは、右行為は違法性を欠き、また右事実が真実であることが証明されなくても、行為者においてこれを真実と信じたことにつき相当の理由があると認められるときには右行為は故意・過失を欠くものとして、いずれも不法行為の成立が否定されるものであるところ(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁)、甲第一号証、乙第一号証の一ないし三、第二ないし四号証、第五、第六号証の各一、二、第七、第九号証、証人小島宇平、同鈴木章一の各証言によれば、本件記事に掲載された事実は、脱税事件という重要な犯罪の嫌疑に関して報道されたものであるうえ、原告の関連会社である株式会社コスモメイトの脱税事件については当時盛んに報道がなされかかる事件は社会の耳目を集めていたものであるから、本件記事は公共の利害に関し、かつ専ら公益目的に出たものであるということができる。
2 そこで次に、本件記事の真実性を検討するに、本件記事は、①宗教団体である原告が法人税法違反の嫌疑を掛けられた事実、②東京国税局が原告について東京地検に対して平成六年七月までに告発を行い、東京地検による強制捜査が近づいている事実を摘示していることから、かかる二つの事実の真実性を検討する必要があるところ、乙第九号証及び証人鈴木章一の証言中には、右の各事実が真実であったとの情報を得た旨記述・証言する部分があるが、甲第一二、第一三号証及び証人小島宇平の証言に照らすと、右乙号証及び証人鈴木の証言によっても右の各事実が真実であったことを認めるには足りず、他には右各事実を真実であることを認めるに足りる証拠はない。
3 そこで進んで、被告らにおいて右各事実を真実と信じたことにつき相当の理由があると認められるか否かについて判断するに、前記前提事実、甲第一一、第一三号証、第一七号証の一、二、乙第九号証、証人小島宇平、同鈴木章一の各証言によれば、平成五年一二月の右査察部の強制調査が行われた当時の原告の通称名は「コスモメイト」であり、その関連会社の名称は「株式会社コスモメイト」であって「コスモメイト」という名称の主要部分が同一であること、その前後においても両者の名称・商号は別紙変遷一覧表のとおり変遷しても極めて似ていることから、外部の者が両者を混同するのもやむをえない面があること、右関連会社の業務は神仏具製作及び販売業であってその取引先は主として原告であり、原告の構成員が右会社の役員を一部兼ねているなど、両者は密接な関連性を有していたこと、右強制調査は容疑こそ株式会社コスモメイトに対する法人税法違反容疑であったが、査察場所は同関連会社の事業所のみならず、礼拝場等の原告の施設にまで及び、原告の教祖・リーダーである深見青山も査察部の事情聴取を受けていたこと、また実際に本件記事を企画した鈴木章一が、東京地検・国税局の動きに詳しい司法記者や、右脱税事件を追っていたフリーのジャーナリストの協力を得て、東京地検関係者、国税局関係者及び元東京地検特捜部長に取材した結果、東京地検が事件関係者に呼出状を出し、原告所轄の荻窪税務署の担当者から事情を聴取するなど、原告への強制捜査の準備に着手しており、東京国税局が平成六年七月の段階で東京地検に告発を行ったとの情報を得ていることがそれぞれ認められる。
このような諸事情に鑑みると、被告らにおいて、営利法人である株式会社コスモメイトのみならず、法人格なき宗教団体である原告についても東京国税局による法人税法違反容疑の査察が行われ、かつ、同国税局が東京地検に対して原告を告発したものと信じたことについて、相当な理由があったものというべきである。
三 以上によれば、本件記事に原告主張の不法行為の成立を認めることはできないから、原告の被告らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
よって、原告の本訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大和陽一郎 裁判官齊木教朗 裁判官菊地浩明)
別紙
ワールドメイトと(株)コスモワールドの名称の変遷
ワールドメイト
(株)コスモワールド
年月日
内容
年月日
内容
昭和59年12月
宗教団体コスモコアとしてスタート。
昭和60年1月18日
有限会社コスモコア設立。
昭和60年12月1日
コスモメイトに名称変更。
昭和60年12月2日
有限会社コスモメイトに社名変更。
昭和63年4月1日
皇子神社に名称変更。
但し、通称名としてコスモメイトも引き続き使用。
平成元年7月10日
株式会社コスモメイトに組織変更。
平成6年4月1日
通称名コスモメイトをパワフルコスモメイトに変更。
平成6年6月28日
株式会社パワメイトに社名変更。
平成6年12月27日
皇大神社をワールドメイトに変更。
通称名を廃止し、名称をワールドメイトに統一する。
平成6年12月28日
株式会社コスモワールドに社名変更。
別紙記事<省略>
別紙謝罪広告<省略>